お役立ちエッセー

「ありのまま」や「自分らしく」が流行っている理由を時代の変化から解読

近年いたるところで、「ありのまま」や「自分らしく」という言葉を耳にしませんか?

たとえば、2013年に一大ブームになった映画「アナと雪の女王」の主題歌である「Let It GO ~ありのままで~」は知らない人はいないというくらい、大勢の人が聞いたのではないでしょうか?

 

それではどうしてそんなにも流行したのか?また、2018年の今でも「ありのまま」や「自分らしく」がキーワードになっているのか?

そんなことを調べてみたいと思います。

 

時代の変化(過去~現在)

まず第一に考えられることは、時代の変化です。

ちょっと固い話になってしまいますが、20世紀の日本についてのお話です。

それは1955年から日本は高度経済成長期という非常に経済が発展する時代に突入していくことになります。

高度経済成長期が始まる前、いわゆる戦後では、日本の生活水準は低く、食料にも困っていました。

そのため豊かな生活を求めて働き、また技術革新によって、より消費意欲が湧き内需が増え、人口が増え、輸出を増やすことでさらに経済が発展していきました。

このように高度経済成長は、所得の増加や耐久消費財の普及によって人々の生活水準を向上させ、現在の物質的に豊かな日本の原型となりましたが、反面では「集団就職」「通年出稼ぎ」等にみられるような農村から都市への大量の人口移出をもたらし、過疎化・高齢化の原因を作り上げました。

古民家

現在の日本ではそれが更に加速し、ご存知の通り過疎化・高齢化が深刻な問題となっています。

 

・・・

それがどのように「ありのまま」や「自分らしく」につながるのでしょうか?

欲求の変化

端的に言うと、現在の日本は豊かだということです。

食料に困ることはほぼなくなり、仕事も選ばなければ何かの職業に就くことが出来る。極端に言うと働かなくても生活保護などで暮らしていくことができるのです。

昔は、「もっと良い生活を過ごしたい」、「もっとモノが欲しい」、そのために「もっとお金が欲しい」という人が大勢いました。

しかし、現在は豊かなのです。

そこで、もっと別の欲求が生まれてきたのです。
・・いやむしろ元々あった欲求に気づいたと言えるでしょうか。

賑わうおかげ横丁

 

モノ消費からコト消費へ

更に現在では、モノの消費からコトの消費に移ってきています。

「コト」とは、体験や経験を言います。

前に述べた欲求の変化ともつながりますが、モノが欲しいという欲求より、「何かを体験したい」や「楽しい時間を過ごしたい」という欲求が増えてきているのです。

つまり、記録より記憶ということです。

モノにはお金がかかりますが、コトにはお金をかけずにできることも多いのです。

 

このように時代の変化により、人々(主に先進国)の生活が変わり、欲求も変わっていったのですね。

 

個の時代(現代~未来)

一昔前は、地域や集団が大事にされていました。

そして世間体が大事にされていることがあったり、高価なモノを持つことはステータスになっていました。

しかし、現在の日本ではその風潮がずいぶんと薄れてきています。もちろん全く無いわけではありませんし、農村部では、色濃く残っているでしょう。
ただし、都市部の若者を見てみると、地域の一員としてではなく、個人や家族の単位でのつながりで完結している人が多いように感じます。

つまり、「個」で独立した時代なのです。

 

「個」としてのつながり

現在はインターネットが普及しsnsが発展することで、地球上だれとでもつながることができます。

つまり、つながる人を選ぶことが出来るのです。

そうなると、偶然地域が一緒だという人より、同じ趣味、同じ感性を持った人とつながった方が楽しいですし、逆に離れることも簡単にできるのです。

 

そうすると大事になってくるのが、「個性」ということになります。

自分の個性を殺して周りに合わせて生きていくのと、自分の個性を出して好きな人と生きていくのとでは、どちらの人生を歩みたいのか?と問われると、後者の生き方を望む時代になってきたのです。

スマホネットワーク

 

言葉は時代を写している

「ありのまま」や「自分らしく」を耳にする機会が多いのは、それを求めている人が多いということです。

過去の流行語や、その年に流行った歌の歌詞などには、その年の人々の生活や考え方に合っているから流行したということなのです。

1989年には「24時間タタカエマスカ」と言っていたものが、2017年には「睡眠負債」と言っているのですから。

※睡眠負債とは:日々の睡眠不足が借金のように積み重なり、心身に悪影響を及ぼすおそれのある状態である

 

「自分らしく」や「ありのまま」が流行っている理由と今後についてのまとめ

「自分らしく」や「ありのまま」が流行っているのは、時代の変化によって人々の考え方や欲求が変化し、より「個」が重要となってきていることが挙げられます。

実際に今後AIが発展し、人の仕事が機械にとって変わられることになるなら、「人」としての魅力は周りと同じことが出来るということより、より個性を発揮できるかということになるのではないでしょうか。

 

また、時代の変化に合わせてニーズも変化しているということがわかります。

そして、今後もさらに変化していくでしょう。

大切なのは、変化に乗り遅れずについていくこと。むしろビジネスにおいては変化を先取りすることが必要です。

 

 

※現状維持や何もしないことを「ありのまま」と言う人もいますが、ここでの「ありのまま」はそういうことではなく、自分本来の特性を発揮している状態という意味で使っています。ご了承ください。

 

PS. とある考察

「インスタ映え」が2017年の流行語大賞になりましたが、これも「個」という視点で見ると納得できます。

ただし、作為的に作られたものが多い印象なので「ありのまま」とは違うものが多いですね。。

あなたは思い通りの生活を送っている!すでに得たいものを得ている!?

理想の街

「人は思い通りの人生を生きることが出来る」

いうことを「思考は現実化する」で有名なナポレオン・ヒル博士も言っていますが、
そんなわけ、ねーだろ!と思いませんか?

もし思い通りの人生を生きているなら、自分はもっとお金持ちで、モテモテで、幸せな生活を送っているはずなのに、全然そんなことない・・

 

一体どういうことなんでしょうか?

1億部以上の世界で最も売れている成功本なので、嘘を言っているわけではないでしょうから、その理由を調べてみたいと思います。
そして、出来ることなら思い通りの生活をするヒントを見つけてみたいと思います。

 

あなたはすでに得たいものを得ている

一言で言うと、あなたの現状があなたの思考の結果です

どういうことかと言いますと、

結果を決めるのは何なんでしょうか?

・・・

そうです。行動です。

 

それでは行動を決めるのは

・・・

そうです。思考です。

 

ちなみに思考を決めるのは、価値観や信念です。

 

「思考は現実化する」の「思考」というのは、この価値観や信念も含めて思考と言っています。

つまり、ただ考えたことではなく、「あなたが本当に心から思っていること」です。

もっと別の言葉でいうと、「あなたが信じ込んでいること」です。

 

例えば、あなたがお金が欲しいと思ったとしてもお金が現実にないならば、

  • あなたはお金がないと信じ込んでいるからです。
  • このまま働き続けてもお金が増えないと信じ込んでいるからです。
  • お金持ちにはなれないと信じ込んでいるのです。
  • お金持ちになりたくないと心から思っているからです。
  • お金を得ることは難しいと信じ込んでいるからです。

いかがですか?
心当たりはありませんか?

あなたがお金が欲しいと思っている以上に、お金がないという信念が現実を作っているのです。

 

顕在意識と潜在意識

上で述べたことのうち、「お金が欲しいと思っている」ということは、あなたの思考に顕在化されたもので、顕在意識です。
そして、「お金がないと信じ込んでいること」は、あなたの思考の奥にあるもので、潜在意識です。

 

顕在意識と潜在意識の力関係は、顕在意識が1人分の力だとしたら、潜在意識は2万人の力があります。

もう一度言います。顕在意識1人に対して潜在意識は2万人です。

つまり潜在意識は顕在意識の2万倍強いのです。

 

しかも潜在意識は簡単に変わりません。それどころか自分自身気づくことすら難しいのです。

 

セルフイメージ(自己概念)

セルフイメージ(自己概念)とは、その名前の通り自分自身に対するイメージです。

そして、さらに言えば自分自身の潜在意識のイメージ、自分はこのような人間だと信じ込んでいることです。

 

人は、このセルフイメージのように振る舞い、選択し、行動し、生活しています。

これも「思考」だと言えるでしょう。

セルフイメージに関してはこちらの記事にも書いています。→「相手に合わせて作る一番化。そして一番を習慣に!「まずは一番になりなさい」」

 

 

コンフォートゾーン

コンフォートゾーンについてもぜひ知ってもらいたいです。

コンフォート(comfort)とは「快適さ」という意味で、コンフォートゾーンとは安心・安全な空間という意味です。

そして、それは物理的な空間ではなく、自分の思考(潜在意識)の中での空間です。

人はコンフォートゾーンから出ることには、不安や恐怖を感じます

コンフォートゾーンは自分の身を危険から守るために備わっている本能です。しかし、人は精神的なところに関しても、コンフォートゾーンが働くようになりました。

これにより、チャレンジすることを過度に恐れたりしてしまうのです。

しかし、いつまでもコンフォートゾーンの中にいるだけだと成長はありません。不安や恐怖を抱くことは本能なので、なくすことは出来ません。成長するためには、不安や恐怖を持ちつつもチャレンジすることが大切です。

 

あなたは思い通りの生活を過ごしている

ここまで読んでいかがでしょうか?

あなたは思ったように選択し、行動しているのです。

過去に「もっとああしておけばよかった・・」とか「もっと頑張っておけばよかった・・」や「違う選択をしていれば・・」なんて後悔することがあったかもしれません。

しかし、その時はそれが自分にとっての最善の選択であり、最善の行動をしていて、その頑張りが全力だったのです。

たとえば、ダイエット中の人が高カロリーなケーキを食べてしまうのも、食べたいと思い、食べるという行動を選択したからであって、それが自分らしいことなのです。
さらには、ダイエットをするということは変化することなので、コンフォートゾーンの外のことなので簡単ではないのです。

 

それではどうすればいいのか?

 

方法はいくつかありますが、今回は2つだけ簡単に紹介します。

ひとつは今のままでいることが本当にマズいと感じることです。

もうひとつは小さな習慣を変え潜在意識を変えていくことです。

 

※これらは私の行う習慣コーチングで扱っていますので詳しく知りたければお問い合わせください。

 

まとめ

まとめると、「あなたは心から思ったような生活をしていて、得たいものを得ている」ということです。

つまり潜在意識があなたの現実を作っているのです。

信じがたい話ですが、あなたの持つ病気やアレルギーも潜在意識が作り出しているといいます。更に、あなたの周りの人もあなた自身が作っている状況なのです。

苦労している人は苦労したいと望んでいる結果で、成功している人は成功を望んだ結果なのです。

 

そう考えれば潜在意識を変えることができれば、望む人生を送ることができ、何でも得たいものを得られるということです。

人生っておもしろいものです。

 

心配事や不安がありすぎて動けない時の3つの対処法

ストレスフルな女性

思い立ったが吉日という言葉もありますが、この記事を読んでいる方は、思い立っても、なかなか行動出来ずに毎日不安を抱えて過ごしているという方ではないでしょうか?

そんなあなたの不安が和らぎ、行動できるようになるための3つの対処法について書いてみました。

心配事や不安を抱きやすい人ってどんな性格?特徴は?

「これをすると失敗するかも」「もし間違ったらどうしよう」「将来が不安」などなど、不安なことを考え出すときりがありませんね。

このようなことを考えやすい人はどんなひとでしょうか?

頭がイイ人は心配性

頭がイイと言われる人は、常に思考しています。そんな人達は頭の回転が速いがうえに、心配するほどのことでもないことや、起こる可能性が低いものまで予想します。そして、それについて悪いイメージをもってしまうと不安を抱いてしまいます。

女性は男性よりも不安や心配をしやすい?

女性は男性と比べると、不安や心配を感じやすい傾向があると言えます。

その理由として、女性は生物学的にこどもを産み育てていくという役割があるので、外敵から身を守るという意識が男性よりも高いのです。

不安や心配を感じやすいということは、危険を察知する能力が高いと言い換えられるので、より女性の方が必要な能力だと言えるでしょう。

まわりの人が心配性だと自分も心配性になってしまう

人は環境の生き物です。様々な環境の影響を受けています。とくに家族などの身近な人から大きな影響を受けて育ってきました。

こどもの頃は感受性が豊かなので、より深く影響をうけます。「これはやったら危ないよ」「怖いからやらないほうがいい」「危険なコトはやったらダメだよ」と、良かれと思って言ったことが、心配性なこどもに育てていくことになります。

伸びをする女性

不安や心配事が和らぐ3つの方法

それでは、不安や心配事を小さくするための対処法を紹介していきます。

1.考える前に行動する

なにかやろうと思っても、時間が経つと人はできない理由を考え出します。そうなると始めるためのエネルギーがより必要になってきます。

それを解決するためには、できないことや、やらない理由を考え出す前にやるということです。

思い立ったら即行動ということです。

2.不安や心配事が起きたらどうなるかを書き出す

心配事の9割は起こらない: 減らす、手放す、忘れる「禅の教え」 (単行本)という本もあるように、人が思い描く不安や心配事はイメージの中のことだけのものがほとんどです。

もし、その不安や心配事が起きたらどうなるかを書き出してみると案外大したことが起こらないと気づくでしょう。そうすると気持ちが楽になり行動に移りやすくなります。

3.わからないものは情報収集をする

「投資をしてみたいけどなんだか怖い」「将来が不安」「知らないものを触って失敗をするかもしれない」など、よくわからないことに対しての漠然とした不安をもっている人は、情報収集をして、そのわからないことを明確にすることで不安を減らすことができます。

目の前に霧がかかり周りが見えていなければ、前に進むのは危険で怖いですが、周りがはっきり見えている状況ならば、前に進むことに不安を抱くことがなくなります。

 

不安や恐怖、心配事と上手に付き合い自分に合った選択を

人は不安や恐怖を全くなくすことはできません。もし、不安や恐怖が全くなければ命が危険にさらされるからです。

とはいえ、人間は進化の過程で脳が発展したために余計なことにまで不安や恐怖をもってしまうようになりました。

そして、心配事や不安を持ちすぎるということは、悪いことばかりでもありません。たとえば、そのような人はリスクを見つけることに長けているので、品質の管理やチェックに向いています。また、投資にも向いていると言えます。

ただし、成長のためには未知のことや新しいことに挑戦することが必要となってきます。その時は、不安や恐怖があるうえで行動する勇気が必要です

 

総選挙もあったので、多数決について考えてみました

決を採る

あなたは多数決についてどう思いますか?

そもそも学校や社会で当然のように使われている多数決ですが、それは本当に良い面しかないのでしょうか?

選挙との違いは?

とあるグループの総選挙の時期なので、考えてみました。

多数決の起源

多数決はいつ頃に始まったのでしょうか?

それは調べてみると、はっきりとした起源はわかりませんでしたが、紀元前8世紀頃の古代ギリシャの都市国家のポリスではすでにあったようです。

選挙との違い

選挙も多数決だと思いがちですが、違うところがあります。

広い意味では多数決と言えるかもしれません。

とはいえ選挙が多数決だとすると、現在の日本のように与党と野党があることは変です。

もし多数決で選挙をするなら現在(2018年6/16)の与党の第一党である自民党だけで政治をすれば良いのではないでしょうか?

そうでない現在の選挙の仕組みは、単純な多数決とは言えないでしょう。

 

多数決は民主主義か?

民主主義は、単純な多数決と混同されることが多いですが、多数決が単に多数であることに正当性の根拠を求めるのに対し、民主主義は、様々な意見を持つ者同士の対話や譲り合いといったことが行われます。その上で多数決を採ることは民主主義と言えるでしょう。

あひる

多数決の弊害

多数決が無条件で良いことだという思いこみはありませんか?私はそう思っていた時もありました。

しかし、多数決には弊害があることも知ってもらいたいです。

少数の意見を潰してしまう

例えば、

戦争はやった方が良いと思いますか?

と聞かれると、日本人の大多数はよくないと答えるでしょう。

しかし、これが第二次世界対戦中の日本だとどうでしょうか。

もしその時代に多数決を採ったとしたら、戦争をやった方がいいという方が多数を占めるかもしれませんね。

奇抜なアイデアを潰してしまう

2つ目として、奇抜な発想やアイデアを潰してしまう恐れがあります。

ヒット作は少数の奇抜なアイデアから生まれることが多いです。

しかし、それを予想することは難しく、また会社などの同じ環境にいると、その中での常識と世間の常識がズレていたりします。そのため少数のアイデアが多数の意見により潰れていくことになりかねません。

まとめ

このように、多数決には良い面もありますが悪い面もあります。

また選挙やとある総選挙にしても、そのやり方が正しいとは誰にも言えません。

とはいえ永久に議論するわけにはいかないので、多数決が有効な手段であることは間違いないでしょう!

器用な人は成功しない!?不器用な人が有利な3つの理由

箸でつかむ

最近私が人と会ったり、本を読んだりする中で、「自分には何もない」とか「私って本当に不器用なんです」、「私には何の力もない」と言っている人の方が、実はその人が望むものを手に入れていたり、急成長している会社の社長だったり、表彰を受けている人だという事が多くあります。

そして一方、頭が良かったり、器用だったり、仕事が出来るけど成功していない人もたくさんいるなと思います。

それはどうしてでしょうか?

不器用な人とは

ここで言う不器用な人とは、「自分が不器用だと認識している人」の事を言います。

大事なのでもう一度言います。

「自分が不器用だと思っている人」についての特徴です。

他にも先ほど言ったような、「自分には何もない」とか「私って本当に不器用なんです」、「私には何の力もない」と言う人はのことです。

天才赤ちゃん

不器用な人が有利な3つの理由

不器用な人のいいところとしては、不器用な人は自分の力を過信していないですから、他人に助けを求める事が出来ます。

つまり1つ目の理由が他人の力を借りる事が出来るということです。

他人の力を借りると自分の時間も増え、他人を巻き込み大きなものを作り上げることができます。

 

2つ目の理由は、人に好かれるということです。

実は人は、助けられるよりも助けた方が相手に好意を持つというデータがあります。

不器用な人は、周りの人から助けられているので、人から好かれやすいのです。

 

そして3つ目の理由が、更には、アドバイスなど「こうした方がいいよ」と言われたことを素直に行動することができます。

自分は不器用で頭も悪いと思っている人は自分で考えるよりも、出来る人の言うことを聞いた方がいいと思うのです。

もちろん誰も彼もにというわけではないですが、信頼出来る人やこの人は凄いと思った人の言うことは言った通りにやります。

それがどうして利点なのかと言うと、この「素直」という所がなかなか難しく、自分でアレンジをして失敗することが多いのです。

例えば料理について考えてみます。

たとえ素人だとしても、レシピ通りに作ることが出来れば、レシピが間違ってない限り美味しい料理が出来るでしょう。

しかし、味付けを工夫してみたり、食材を変えてみたり、かける時間を変えたりすることで、不味い料理が出来上がるわけですね。

器用な人が成功しない理由

それではどうして器用な人が成功しないのかと言うと、ここまで読んでくれた方はもうお分かりだと思います。

器用な人は、何でも自分一人でやろうとする、人に頼らず自分で解決、アレンジを加え自分なりのやり方でやろうとする、という特徴があります。

このような事をするとどうなるのでしょうか?

それは、時間だけを大量に費やすことになり、生み出すものも、人間一人の力の範囲になります。

そして、頼られることは多くても、本当の意味で好かれることはなく、いい人になるか、逆に近寄りがたい人になるのです。

 

まとめ

成功者は、一部の天才を除き、周りの人の力を借りて成功して来ました。

一人の力は限られています。そして人は独りでは生きられない生き物です。

もし、あなたが頭が良くて、一人で何でも出来るような器用な人だったとしても、「一人の力には限りがある」ということを知り、もっと人に頼ってはいかがでしょうか?

目標や目的が大事だと洗脳されてきたが実際どうなのか考えてみた

受験男

「目標」「目的」という言葉を皆さんはどのくらい耳にしますか?

組織に属している人なら、一日に一度くらいは聞くのではないでしょうか。

どちらかと言うと、「目標」の方が世の中では使われている頻度が高い気がします。とくに何かを売っている会社は、年間目標、月間目標など設定されていたり、チームで目標が決まっていたりと、当たり前のように目標があるのではないでしょうか。

私は、コーチをやっているので当然のように「目標」をたてます。そして、それが当たり前だと思っていましたし、その方が良いのだと思っていました。本を呼んだり、セミナーに参加しても目標を立てることが大切ということはよく聞きます。

しかし、本当にそうなのでしょうか?

私なりに考えてみたいと思います。

目標・目的とは

そもそも「目標」「目的」の違いは何なのでしょうか。

目標

「目標」とは漢字であるように目指す場所への標です。ターゲットとも言います。

会社の成績目標やノルマもそうですね。

スポーツの世界で使われているイメージが強いです。〇〇回戦突破や優勝するなどです。

良い目標というのは、具体的だったり、達成度合いが測れたり、期限が決められていたりします。目標設定の方法としてはSMARTの法則が有名です。

SMARTの法則

最短なゴールを達成するための目標設定の仕方

S: Specific   = 具体的、明確であるか

M: Measurable  = 計測可能か

A:Attractive  = 魅力的、やりたくなるか

R:Realistic  = 現実的で適切か

T:Timely  = 期限が明確か

これは提唱者によって少し意味が変わっていたりもしますが、私が目標設定をするにあたり大切だと思うことは、本当にそれがやりたいことなのか?ということです。

目標設定をする機会があれば使ってみてください。

目的

「目的」というのは、こちらは漢字でいうと目指す「的」とあり、本当に得たいと思っていることです。いわゆるゴールです。

目標が具体的であるのと反対に、目的は抽象的なものです。

ゴールと聞くと具体的な響きがしますが、実際はあってないようなものだと思います。

例えば、マラソンでゴールしたとします。ゴールという言葉はありますが、それは「マラソン」という枠組みの中でのゴールであって、実際はマラソンでゴールすることにより、周りから認められたり、健康体の指標としていたり、達成感といったものを手に入れるためだったりします。
また、自分のためだけではなく周りに勇気を与えたり、可能性を示したり、感動を与えたりすることが目的の場合もあります。

目的というものは、目標の先にあるものです。

また、目的は変わっていくもので、永遠に終わりのないものだと思います。何故かと言うと、目的が現実のものとして見えてくるとまた新しい目的が生まれてくるからです。

達成するかしないかはその人の目的によりますが、どちらにしろ達成した頃には新しい目的ができているのではないでしょうか。

山道

目的・目標は必要!?

ここで本題に入ります。

目的は必要か?

私の考えでは必要だと思います。なぜならば目的がすべての行動のモチベーションになるからです。

モチベーションと言われると、熱量が高くやる気に満ちているイメージをしますが、そこまでものではなく、やろうと思う気持ちです。

さらに目的といっても、意識する目的だけではありません。本能的な目的や無意識での目的も含めます。

たとえば「目の前の水を飲む」ということについて考えてみます。

事例1 水を飲む

ではなぜ飲むのかというと、飲みたいと思ったからです。それ以外にありません。

例えば誰かに「飲め!」と言われてイヤイヤ飲んだとしても、結果として飲むことによる様々なメリットがあるので、無意識で飲みたいと思っているわけです。

目的を考えてみるとどうなるでしょうか。

のどが渇いて水を飲む

喉が渇いていて、飲みたいと思い、水を飲むという行動について考えてみます。

水を飲むことによって何が得られるのでしょうか?

それは、喉が潤い、身体に水分が浸透し、エネルギーになり、生きるための力になります。

つまり、生きるという目的のために水を飲むともいえます。

仮に、「生きる」という目的が無ければどうなりますか?水を飲むという行動をしないかもしれません。

この目的は本能の部分であるため、「生きるという目的がない」ということは考えにくいと思います。(感情で生きたくないと思う人はいるでしょうが)

事例2 働く

「働く」ということについて考えてみます。ひとえに働くといってもその理由は様々です。ただ多くの人に共通する理由がお金を得るということでしょう。

では、お金を得る目的は何なのでしょうか?

人それぞれあると思うのですが、代表的なものを書き出してみます。

1.生活のため

生きていくのに必要なので仕事をしてお金を稼ぐということです。

2.ステイタス

すごいと言われたかったり、良く見せたいという気持ちから、ブランド品や旅行に行くなど豪華な暮らしをすることにお金を使うことです。(ブランド品や豪華な暮らしをすることが悪いということではありません)

3.夢のため

例えば世界一周旅行や宇宙旅行、〇〇が欲しい、リタイヤして田舎暮らしする等、人の数だけ夢があります。その夢を叶えるためにお金が必要という場合は、夢のためといえるのではないでしょうか。

4.人の役に立つ・貢献

お金を稼ぐということ自体が人の役に立つことになりますが、それ以上に寄付をしたり、自然環境の保護に使ったりすることです。

 

以上の事例のように、行動することには目的があることが分かります。そして、その目的は実は欲求から生まれているのです。

アメリカの心理学者であるマズローが唱えた「マズローの欲求5段階説」というものがあります。

マズローの欲求5段階説について説明した文がありましたので引用すると

この理論では、「人は自己実現に向けて常に成長する生き物」という仮定に基づいて、人の欲求には段階があり、低い段階の欲求が満たされると、より高い段階の欲求を欲するようになると考えます。

欲求は、低い段階から順番に、次のように定められています。

1.生理的欲求

2.安全欲求

3.社会的欲求

4.承認欲求

5.自己実現欲求

マズローの欲求5段階説

まとめると、人は欲求により目的が生まれるということ。そして、欲求は低い段階が満たされるとより高い段階の欲求を欲するようになるということです。

さらに、私が思うには低い段階の欲求が満たされたからといってもなくなるわけではないということです。そして、自己実現欲求が満たされると、それを他者に与える欲求が強くなる。いわゆる貢献の欲求ですね。

そして、人に貢献する欲求は無限に湧き続けるということです。

つまり、永遠に目的が生まれるということで、目的が必要かどうかというよりは、欲求がある限り目的はそこにあるということです。

目標は必要か?

次に目標についてはどうでしょうか。

私は、本人が何を大切にしているのか、そして距離感によって必要かどうかは違ってくると思います。

何を大切にしているのかというのは、大きく分けて2つのタイプに分かれます。

1つは、目的を達成する事を大切にしている人、2つ目は、目的に向かう過程を大切にしている人です。

目的を達成する事を大切にしている人

このような人にとっては、目標はあるほうが便利なものでしょう。なぜならば、得たいモノ(目的)に対して道筋が見えていない人なら、目標を作ることで迷わなくなるからです。

しかし、目的に対して道筋がハッキリ見える人なら目標を作らなくても目的に向かって進んでいけるでしょう。

後者の人は、たとえ途中で違う道を見つけたとしても、その道が近道なのか遠回りなのか判断できるのではないかと思います。

目的に向かう過程を大切にしている人

このような人にとって目標の必要性はあまりないのかと思います。たとえ目標を設定してもしなくてもその過程を大切にしたいと考えるので、目的に対して最短で行くことがすべてとは思わないのです。

ただ目標を設定することで、結果として求めているものを早く手に入れることになるので、目標を達成する事を大切にしている人にしてみると、「目標は設定した方がいい」と伝えたくなるのですね。

簡単に言うと価値観の違いということです。

ジャンプ

まとめ

いかがでしたでしょうか。

私なりに分析をして出した結果ですが、主観がかなり入っていると思います。

私自身について考えると、目的を達成する事を大切にしている自分と目的に向かう過程を大切にしている自分が3:7くらいの割合でいると思います。
そのため、目的は必要だが目標はあるほうが便利というくらいの気持ちでいます。

目的や目標が大事かどうかということを書いてきましたが、大事かどうかは人それぞれだということですね。

あなたはいかがでしょうか?

目的や目標の前に、自分が人生において何を求めているのか、何を大切にしているのかを考えてみてください。